タイトルの通り「酒」にまつわる話の短編が7編収められています。ただし、グルメ小説的な内容ではなく、その登場人物の中での「酒」との関わりが、ある時は深く、ある時は近く遠くから、描かれています。
韓国語でただ「アンニョン」というと「アンニョンハセヨ(こんにちは)」「アンニョンヒカセヨ(さようなら)」の両方の意味で使われる場合があり、この作品はどちらを指しているのか考えてみました。最初の作品がアルコール依存症の妻と破産した上に重症のリウマチを患っている夫の夫婦の話であったので、もうアルコールとは決別するという意味で「アンニョン」なのかと思いましたが、「酒」にまつわる時間や空間が人との接点であったり、人生の通過点であったり多様な人間模様が綴られているので、「こんにちは」でもなく「さようなら」でもなく、「アンニョン」であるのだと思います。
またタイトルの原題「주정뱅이(チュジョンベンイ)」ですがNAVER(ネイバー)の日本語辞書によると「酒癖の悪い人、飲んだくれ」となります。しかし、酒で身を持ち崩すような人のお話は、ほとんど登場しません。とは言え、コーヒーカップに韓国焼酎を入れて昼間から飲んでいる人や飲むとなったら朝まで飲み続けている人など、常にうっすらと酒臭い人々(?)が数多く登場するので、酒癖は悪くなくとも、間違いなく酒飲みの話ではあろうと言えます。
作品どうしは「酒」以外に何の共通点もないのですが、「酒」が様々なシーンで登場し、人と関わっているので、韓国・ソウルの街を俯瞰して、各地で起こっている色々な出来事をまるで電気店のたくさんのテレビで同時に見ているかのようです。
お酒を飲まない方の中には、まれに「いいね。お酒が飲めると楽しそう」とおっしゃる方もいますが、それは「酒」の話と言えば酔っ払った時の武勇伝とか、酒に関するウンチクだとか、ちょっぴり華やかでポジティブな印象があるせいかと思います。
しかし、いずれの物語も不幸ではないけれど満たされていないようで、繋がっているようで孤独な、ヒリヒリした感情を刺激します。
ヒリヒリしたところに酒が染みるんですな、これが。
もちろん楽しくて、美味しいから飲む酒が一番ですが、それだけではない酒と人生の物語。
BOOK DATA
タイトル:「アンニョン、酒飲みたち」 (안녕 주정뱅이)
著者: 권여선 (クォン・ヨソン)
出版年:2016
価格:13,500원
ISBN: 9788936437381
登場回数が多いのはもちろん焼酎(ソジュ)。グルメ小説ではないと申し上げた通り、酒そのものにまつわる話は皆無ですが、酒と一緒に食べるいわゆる酒の肴に注目してみるのも楽しいでしょう。韓国の読者からすると当たり前すぎる内容ですが、韓国グルメがちらほら登場しますのでお見逃しなく。また「あの寿司屋はこだわってて、日本酒しかないんだ。 焼酎(ソジュ)を置いてないんだ」なんて残念そう(?)にいうくだりなどは、韓国社会の焼酎ポジションを表しており、酒を通した韓国文化が垣間見えるのも読みどころです。
編集部:ソラミミ