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ブックレビュー「惜別」

投稿者:コネスト ソラミミ / 2020-02-04

今年の韓国は日本同様、暖冬でした。

ソウルには積雪もなく、道が凍結することもほとんどなく、もちろん漢江(ハンガン)が凍ることもありませんでした。


寒波でマイナス10度が続いた後には、マイナス5度でも大気の緊張が解けたようで、少しほっとすることがあります。

気のせいに過ぎませんが、暖かくすら感じるのです。

そんな、寒さが一時和らいだある日の夕方が短編小説「惜別」の舞台です。


『非常に困惑する事態が「彼女」に起きてしまった。

ベンチに腰掛けた一瞬、眠りに落ちてしまい、目が覚めたら、雪だるまになっていたのだった。』


冒頭の一節です。

雪だるまって…。ちょっと、笑える。何、これ?と思って読み進めたのですが、

大きな間違いに途中で気が付きました。

そう、日本語では「雪・だるま」なのですが、韓国語では「雪・人(눈 사람 ヌンサラム)」と言います。

英語でもsnowmanと言いますよね。


丸々とした体にバケツを被った雪だるまを想像したので、「彼女」の身に起きた出来事がジョークかと思ってしまいましたが、体が雪になってしまって、雪像のようになっていたのが正解でした。

外国の小説を読む時には、ほんの小さな単語ひとつがイメージを大きく変えてしまうことを今さらながら痛感した次第です。


20200202_150728.jpg


本題に戻ります。


「彼女」は雪人間(だるまじゃないので、こう呼ぶことにします)になってしまったので、自分が溶けて消滅してしまうことに気づき、そして自分について考え始めます。


30代後半のシングルマザーとしてのこれまで。中学生の息子を残していくこと。

7歳年下の恋人、無職のヒョンス氏との出会い、そして今。

インターンを都合よく雇用して、挙句、正社員である自分を解雇した勝手で軽薄な社長。

年老いていくことが年々感じられる両親と、自分たち姉弟の過去。


雪人間は、体が雪でできているので当然もろく、少しぶつかっただけでも壊れてしまうし、暖かい空気に触れただけで、表面から簡単に溶け始めてしまいます。

雪人間のもろさと消えていく様を描きつつ、この世の中に存在していることと、消滅してしまうことの違いは何か。

存在するとは、どういうことなのか、を問うているようです。


例えば、会社で存在していないかのように不当に、あるいは軽く扱われている人々が描かれています。

また、存在するためには、生きていくためには、様々に準備しなくてはならない、その先行きの不透明さと不安が描かれています。

『デスクにじっと座っている自分と比べれば、オフィスの植木鉢の方がずっと鮮やかに存在していると感じた

『老後が不安だ。いつが終わりなのかはっきりすれば、それさえわかれば楽なのに。未来への準備が簡単にできるようになるのに


そうは言っても、突然の出来事、いざ溶けてしまうとなると「彼女」の心も周辺の人々への思いで溢れるのですが、体が冷たくなってしまっているせいか感情的にもならず、そして溶けることに痛みを感じないために苦痛はなく、落ち着いた心持ちでいます。


この小説は生と死というより、存在と消滅がテーマと言えるでしょう。

存在は、期待や渇望などの人間の欲求に支えられていると思いますが、消滅は何なんでしょうね。

深く深く胸の底に落ちてゆき、そして、

きんとした韓国のいつもの寒さが恋しくなるような作品でした。


BOOK DATA

タイトル: 「惜別」 (작별)

著者: 한강 (ハン・ガン)

出版年:2018

価格:12,000원

ISBN: 9791188810666


第12回(2018) 金裕貞(キム・ユジョン)文学賞受賞作品。「菜食主義者」「少年が来る」など日本でも多くの作品が翻訳されている人気作家の短編です。

一人の人間が持つ様々な役割を、母親、女、子供、職業人として綴りながら「彼女」の人生をレビューする構成が巧みですが、恋人ヒョンス氏との逸話が描かれている部分が物悲しくて美しかったです。

「菜食主義者」でも主人公は木になっていましたが、人間ではない別の存在に投影することでファンタジーのような空気感で重いテーマを投げつけてきます。

ハン・ガンワールド、はまります。


編集部:ソラミミ


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