表題作「仕事の喜びと哀しみ」他、7編が収められている、 チャン・リュジンの初作品。
1986年生まれの著者の世代が主人公で、登場人物のほとんどが会社員です。
主人公として設定されている人物は、平凡なスペックで、なんとか勤めてはいるものの、思うようにならないことも多く、給与には満足できず、でも、頑張っているし、夢だけ見てはいられない現実感を持った良識ある普通の人々です。
主人公たちが遭遇する小さな事件、そのキーとなる人たちのキャラが、まあ際立っていること。
「いるわあ、こういうヒト~」「あるわあ、こんなコト~」
思わず声に出しちゃいました。
さて、「仕事の喜びと哀しみ」。
中古品販売
アプリ「うどんマーケット」に勤めるアンナがヘビーユーザーであるニックネーム:カメの卵に会いに行きます。
カメの卵が、毎日、毎日、品物(それも結構、高価)をアプリにアップするので、不法に仕入れたものを横流ししているのでは?と疑った社長が買い手になりすまして偵察に行け、とアンナに命じたからです。
約束の場所に行ってみると、現れたのは洗練されたスーツを着た大人の女性、首からは大手
クレジットカード会社の社員証を下げています。
どうして毎日たくさんの品物を売りに出すのか?思い切って尋ねたアンナに答えたカメの卵の事情は想像もつかないものでした…。
なかなかの会社員ホラーです。
簡単に言うと、カメの卵は上司の不興を買って(しかも理不尽な理由で)、部署異動させられ、それで終わったと思ったら、その上司に復讐されたということ。まあ、びっくりですが、ない話ではない。
男の嫉妬やイジケが一番面倒くさいよね、と言っていた会社の先輩の言葉を思い出しました。
会社に勤める方々なら誰しも経験があると思います。
私が怒られた理由って、私がこんな目に遭った理由って、
「え?そこなの?」
カメの卵は言います。
「これはおかしいって思ったらダメなのよ。そう思い始めたら自分の頭がおかしくなるから」
わかるー。わかるー。ザ・会社員。
カメの卵は落ち着いてみると、現実を受け入れることができ、やり過ごすことができ、新たな方法を見つけたと言います。
正確には「バランスを取っている」と。
その話を聞くうちに、アンナも会社での振舞いや苦手な同僚への対処法を見直していきます。
この短編にはいくつもの糸が縦横にはりめぐらされ、物語が紡がれていきます。
・アンナの職場
・カメの卵の職場
・二人の職場がある街
・仕事のやりがい
・職場の人間関係
・二人の女性の仕事観や悩みの交錯
・給与
・働くこととは?
これらを凝縮させながら、リアリティだけでなく、小説としての非現実感、空想妄想をかきたてる余白もあって、ストーリーテラーとしての著者の実力を感じます。
また、キャラ立ちしているキーマンと相対させることによって、一見、地味で無個性に見える主人公たちを浮かび上がらせるだけでなく、主人公の性格や感情をディテールで表現しているのが秀逸です。
「神は細部に宿る」
おみそれしました!
BOOK DATA
タイトル: 「仕事の喜びと哀しみ」 (일의 기쁨과 슬픔)
著者: 장류진 (チャン・リュジン)
出版年:2019
価格:14,000원
ISBN: 9788936438036
実にみずみずしい短編小説集です。良い作家に出会うと「わあ、なんじゃこら」と浮き浮きしてしまいますが、2019年も終わろうという最後の月によい作家に出会えました。
純粋に嬉しい限りです。10月の発刊以来、人気を集め早々にベストセラーに上がってきています。日本でも翻訳されるといいですね。
さて、今年も大変お世話になりました。 来年もよい本に出会えますように!
編集部:ソラミミ