2019年、偶然、目にした小説「ジュリアナ東京」。
平成バブルとバブル崩壊に呼応するように現れて消えていった「ジュリアナ東京」がなぜに韓国の小説に??
内容もよく見ずにタイトルだけに惹かれて読み始めた「ジュリアナ東京」でしたが、胸をギュッとわしづかみにされる作品でした。
いろいろな素材が複雑に絡み合っているのですが、メインテーマは、
・国籍や民族ではなく、人間が通じあうのは「魂」
・自分の人生を生きるのは「自分自身」
・人生の「選択」と「責任」
なかなか重いですね…。
登場人物はドラマティック、かつバラエティに富んでいます。
・ある事件をきっかけに母国語を喪失し、日本語しか話せなくなった韓国人女性ハンジュ
・パートナーの執拗な束縛から逃れられないゲイの日本人ユキノ
・在日韓国人で自分の出生に疑問を持っており、ジュリアナ東京を研究しているキムチュ
ここまで読んで、ドン引きした方がいたら、すみません。
さらに、ネタバレしますと、沖縄の在日米軍と全共闘まで出てくるんですよ。
あまりのテンコ盛りに想像つかないですよね。
私だったら「けっ」と言って、読み進めるのをやめることでしょう…。
いろんな読み方ができると思いますが、私は今回「純愛小説」としての「ジュリアナ東京」があまりに切なく、愛おしく、美しかった点でおすすめしたいと思います。
ちょっと、やんちゃをしていた人がパートナーに出会って以降、成功し、
「私の人生は変わりました。あの出会いがなければ、今の自分はないですね」
なんて、コメントをしているのをテレビなんかで見たことはありませんか?
ロクデナシとの関係を切れない多くの人々にとって、前述のサクセスストーリーはひとつの夢(妄想)と言えるのではないでしょうか。
「私のロクデナシも私の努力と愛の力によって、いつかは…」
しかし、ロクデナシはロクデナシで、変えることなんでできないのです。
もっと自分を大切にして、次に踏み出すことを考えることが必要なのに、束縛や時として暴力によって、がんじがらめになってしまうことがあります。
「恋は盲目だね」とか「ダメンズ好きなの?」なんて冗談言ってる場合じゃありません。
ハンジュとユキノは相当な犠牲を払った後、ロクデナシからの「呪縛」からやっとの思いで逃れ、新しい道を進んでいこうとする時に出会います。
深い傷は簡単に癒されないけれど、何を大切にすべきかをわかり始めたときに、ハンジュとユキノは異性間の恋愛ではなく、互いに友情のような家族のような愛情を抱き、キムパッ(韓国風のり巻き)の端っこ(一番美味しいところ)をあげたい相手になっていきます。
情熱的な恋愛とは距離を置く、穏やかさ。心が共鳴する小さな澄んだ音が聞こえるとでも言いましょうか、二人にいじらしくも美しい時間が訪れます。
もうひとつ、小説中の大きなキーワードが「雪」。
ただ、そっとその場を包み込んだり、降り積もる雪が閉塞感を現したり、雪のように舞うものが別の何かだったり…。
作品全体に連なる静けさや透明感、時に恐怖が雪のシーンでより強く印象付けられます。
しかし、雪は何もかもすっぽりと覆ってはくれるけれど、溶け始めると隠されていたものが、むしろより醜悪に見えてしまうという、逃げられない現実を突き付けます。
真っ白な雪が瞬く間に踏み荒らされてしまう、予想通りの最終章。
でも、哀しみだけで終わるのではなく、再生の道を、ハンジュが前に踏み出す力を見せてくれたので、ファンタジーと言われようと小説はこうでなくっちゃと思うラストでした。
BOOK DATA
タイトル: ジュリアナ東京 (줄리아나 도쿄)
著者: 한정현
出版年:2019
価格:12,000원
ISBN: 9791196074425
韓国語上級以上。「ジュリアナ東京」に到達するまでの数々の伏線や登場人物の背負う背景を丁寧に織り込んだ意欲作です。日韓の歴史が交錯するので評価は分かれると思いますが、ハンジュとユキノの純愛だけなら、感傷的なだけになっていたかもしれません。歪んだ人間関係や愛への希求は、社会の変化とともに形を変えて存在するという点もこの本のメッセージとして興味深かったです。
切なくて泣けるシーンがいくつかあって、久しぶりに小説で本気で泣いてしまいました。私見ですが「バイオレンスと哀しみ」要素が韓国映画っぽくて、ぜひ映像化してほしいです。
編集部:ソラミミ