旅の文学には空間移動と時間移動の2つの軸があると思います。
空間移動を軸に描かれたものは、読み手も実際に旅をしているような感覚を味わえる魅力があり、
読み終えた後に、実際にその地を訪れたいという気分にさせられることも少なくありません。
一方、時間移動を軸に描かれる、つまり時代を遡るように描かれたものは、なかなか共感しづらいというか、あまり旅する気分になれないものがあります。
当然、歴史の話をする訳なので、深堀するとマニアックになるし、出来事を説明しすぎると教科書みたいになってしまいます。
タイトルやテーマに期待して読み始めたのに、おもしろくなかった、ということがよくあります。
何を、どこまで描くのか、現在の姿とどう重ね合わせるのか、塩梅が難しいようです。
「私の文化遺産探訪記~ソウル編」は人気シリーズの9作目にして初のソウル編です。
著者は「寺社の町、京都」「庭園の町、蘇州」のように町の遺産を国内だけでなく、世界中の人々からイメージされるには、それにふさわしいキャッチフレーズ・取り組みが必要、としています。
そして著者の提案は…「宮闕(きゅうけつ、宮殿の意)の町、ソウル」。
なるほど、言われてみれば。
ソウルには朝鮮王朝の五大宮 「景福宮(キョンボックン)」「昌徳宮(チャンドックン)」「昌慶宮(チャンギョングン)
」「
慶熙宮(キョンヒグン)
」「
徳寿宮(トクスグン)
」 があります。
唯一世界遺産の「昌徳宮」が注目されがちですが、それぞれの宮殿の役割や成り立ちを知るとソウルが王都であったことをまざまざと感じさせられます。
ソウルの宣伝プラン(エリアでの世界遺産登録を狙う)について語る著者とともに、俯瞰で王都ソウルを眺めた後、「昌徳宮」にクローズアップしていくのですが、ガイドのように観覧順に案内してくれたかと思うと、突然立ち止まって朝鮮時代にタイムトリップを始めたり、なかなか縦横無尽です。
言うなれば、押さば引け、引かば押せという感じ(違う?)
いつの時代の王様が何をしたくてこれを作ったのか、ここに居たのか、ここで何が起きたのか。
特に「昌徳宮」は近代まで利用されていたため、話のネタによって、時間軸が伸びたり縮んだりします。
「昌徳宮」の章だけで、朝鮮王朝500年満喫です。
私の勝手な妄想ですが、読めば読むほど「昌徳宮おもしろいでしょ?でしょ?でしょ?」「ソウルはこれ(五大宮)だよ」くらいの勢い(?)で押されるような感じです。
ソウルは都会で目まぐるしく、「今訪れるべき○○」という部分に関心が向きがちですが、著者の押し(熱意)に流されるまま五大宮の時間旅行、考えてみたら案外楽しいかもしれません。
BOOK DATA
タイトル: 私の文化遺産探訪記~ソウル編(나의 문화유산 답사기9)
著者: 유홍준
出版年:2017
価格:18,500원
ISBN: 9788936474393
韓国語上級以上。写真や図解が豊富なのでパラパラみても。建物ごとに章だてしてあるので、好きなところから読んでも。登場する王様は正祖(チョンジョ)が多い気がするので「イ・サン」など時代劇ファンなら楽しく読めると思います。著者は文化財庁元長官だったそうですが「あの復元ないよね」とか、時に古巣をチクチク言ってるのが、ちょっとおもしろいです。
編集部:ソラミミ