韓国では「食事は一人でしない」「お酒は一人で飲まない」というのが長らく常識でした。
食事やお酒は友だちや同僚、家族とわかちあうもので、一人で飲み食いするなんて寂しいことはしてはいけないし、させてもいけないのです。
職場で一人ランチをしようものなら「変わったヒト」「社会性のないヒト」という烙印を押されかねない勢いがあり、韓国で働き始めた当初は、それを苦痛に感じたこともありました。
なので、飲食店ではせいぜいランチメニューに「一人分」があっても、夕食やお酒の場ではメニューに「一人分」が存在していませんでした。
一人のお客さんなんて来ない前提ということですね。
一人旅の皆さんが昔から(もちろん現在も)コネスト掲示板で「あの店の焼肉は一人で行けるか?」「タッカンマリはどうか?」と情報交換をしていらっしゃるのも、そういう社会の風潮?習慣?があるからなのです。
そんな韓国に「おひとりさま」の時代がやってきました。
「혼밥(ホンパッ、一人飯)」「혼술(ホンスル、一人酒)」「혼놀(ホンノル、一人遊び) 」が昨年頃からトレンドワードで、それにあわせて飲食、レジャーなどの業界も「おひとりさま」ターゲットの商戦が盛んです。
お蔭様で以前にくらべると韓国暮らしも随分ラクになりました。
話は逸れますが、10年以上前に日本では「負け犬の遠吠え」という酒井順子氏のエッセイが話題になり、「負け犬」というワードが世の中を駆け巡っていました。
しかし数年前まで、それ以上に衝撃的なワードが韓国でうろうろしてました。
「노처녀(ノチョニョ、老処女)」(おい!)です。
ネイバー辞書によりますと、
【名詞】婚姻の時期を逃した年齢の高い女。類語に老嬢、オールドミス。
「おひとりさま」が市民権を得たのは非婚男女の増加、個人主義の蔓延という韓国社会の変化が大きく影響しているのですが、一人で余暇時間を楽しむだけでなく、「一人で生きる」ということに人々の注目はシフトしてきました(特に女性)。
そんなこんなで書店でも「おひとりさま」本が大隆盛。
「完全なるおひとりさま」もそのひとつですが、読後感を一言で表すなら
「韓国女子、肩に力入ってるな」
です。
著者は40代に突入したシングル女性なので、「女子」という単語を使うのはジェーン・スー氏にお叱りを受ける覚悟ですが、あえて「女子」と表現するのがわかりやすいかと。
著者は映画雑誌の編集記者を経て、今はフリーライター。一人暮らし歴が20年以上になり、一人で暮らすことの快適さと不便をどう乗り越えていくかを語っています。しかし、そのうち、自身を「リュックひとつを背負って海外旅行もする自由な精神な持ち主」だの「冬は2ヶ月くらい寒いソウルを離れてバリで暮らす」だの「目覚まし時計は使わない」などなど、キャリアウーマン風を吹かせてみたり、セレブリティ臭を漂わせるエピソード満載の展開となります。
前述の通り、男性でも一人で食事やお酒を飲むことが憚られる韓国で、独身女性は圧倒的に不利です。年齢や結婚していないことでバカにされること、家族や親戚につるし上げられることは日本の比ではないと思います(体感)。
本文中「韓国男性はアジョシ(おじさん)になると女性に失礼なことを言ってもいいという許可証を政府から発行されているに違いない」というくだりはグッジョブです。失礼なアジョシ、それを許容する社会。
ゆえに著者からは「おひとりさま」としての相当な気迫が感じられます。
キャリアウーマン的セレブリティ的内容は読んでいて正直鼻白みますが 「アタシ、がんばってんのよ」という主張に他ならないのだと思うと、ちょっといじらしい気もしてきました。
肩肘はっていないと「おひとりさま」がまだまだしんどい韓国ですから。
BOOK DATA
タイトル:完全なるおひとりさま(혼자서 완전하게)
著者:이숙명
出版年:2017
価格:13,500원
ISBN:9791185459790
身近なテーマを取り上げたエッセイなので中級以上から。上級なら辞書なしで楽しめます。韓国のシングルライフとそれを取り巻く社会に関心のある方は「一章 一人で生きる」「四章 結婚しない権利」をお読みください。「第二章 一人で遊ぶ」は映画記者であるキャリアなアタシ、「第三章 一人旅」は違いがわかるオンナで自由な精神なアタシです。
編集部:ソラミミ