どこに焦点をあてるかによって、物の見方というのはまったく違ったものになると思います。
同じものを見ても、心に残る場面は見る人の背景や心情によって異なることでしょう。
例えば、視聴率50%超のお化けドラマ「製パン王キム・タック」(2010年KBS)は主人公の青年が苦難を乗り越えて成長するサクセスストーリーで、主人公を幾度となく陥れる会長夫人が稀代の悪役として話題になりました。
が、そもそも自分の愛が裏切られたことが彼女を悪事に走らせた原因であり、自分の愛が受け入れられないが故に突っ走る会長夫人の姿はただただ切なくて、未だに悪役とは思えません
(秋夕(チュソク)連休で懐かしのドラマ一挙再放送を見てしまったので…)。
さて、「殺人者の記憶法」という小説。
主人公は連続殺人犯の老いた男。
被害者を自宅の竹林に埋めて、毎日その上を踏み固めるのが日課という
「미친놈(ミッチンノム:狂人という意味ですが罵る気持ちが含まれた卑語」。
男がアルツハイマー型の認知症を患ったことから、
完全犯罪であったはずの過去の事件が浮き彫りにされていくというストーリーです。
認知症は過去の記憶はあるが、直近の記憶が残りづらくなると言われています。
男も同様に、過去に犯した罪を詳細に反芻してみせる一方で、
日常の記憶が曖昧になり、戸惑い、暮らしに不自由が出てきます。
その混乱と焦燥が症状の進行と共に描かれているため、
読む側も一緒に追い込まれていくような気分です。
「未来の記憶」と小説では表現されていますが、
「今日の夜は何を食べよう」「明日は何をしよう」「来週はどこに出かけよう」などの
日々の小さな出来事が記憶できなくなることが、どれほど辛く不安なことか。
予定が記憶されないために、突然目の前に思ってもいないことが現れる驚きと衝撃がどれほどのものか。
自分の意思はあるのに、自分の意思が働かなくなる恐怖。
老いと病に向き合うことについて、当事者の視点で描かれており、
天寿を全うするまで、人は意思を持って生きられるのか、
ということを考え続けずにはいられませんでした。
そんなワケで、この小説が世の中でサスペンスやスリラーに分類されていることの可否については、
見ているところが全然違うのでよくわかりません。
また、加害者も人であるわけですが「미친놈」が犯した罪を忘れてよいのか?都合がよすぎないのか?
というモヤモヤした気持ちが残されたままなので、作者に対しては「殺人者っていう設定が必要だったわけ?」と一言モノ申したい気分です。
BOOK DATA
タイトル:殺人者の記憶法(살인자의 기억법)
著者:김영하
出版年:2013
価格:10,000원
ISBN:9788954622035
お酒を飲むとブツっと記憶が途切れる感じがありますが、韓国語では「필름이 끊기다 (ピルルミ クンキダ:フィルムが切れる)」と表現します。簡潔な文体がまさにそんな感じです。切れ切れの記憶や記憶がなくなる様を描いているようで、切れ方も「ブチッ」「プ…」「プツリ」といろいろです。韓国語上級以上におすすめ。2017年10月現在、この小説を原作とした同名映画がソル・ギョング主演で上映中です。
編集部:ソラミミ