日本では朝の連ドラが始まると原作本や関連図書などが書店に並びます。基本ミーハーなのとNHKは韓国生活の癒しなので(周囲からあまり共感を得られていないのが残念ですが)、ご多分にもれず「アンのゆりかご」も「小説土佐堀川」も私の書棚に収まっています。
先日、韓国の書店で「ドラマより先に読む申師任堂、花と光の生涯」という本の帯を見た瞬間、いつもの習性で手に取ってしまいました。この「女子、師任堂(ヨジャ、サイムダン)」はドラマ(2016年秋イ・ヨンエ主演で放送予定)の原作本ではないのですが、女性の一代記として小説仕立てになっている点では、朝の連ドラを彷彿とさせるものがありました。
さて「師任堂」とは誰か?五万ウォンの人で、五千ウォンのお母さんです。
…という位の認識しかなかったのですが、漠然と「位の高いエライ人」「才能あふれ活躍する女性」というイメージでした。
ところが実際には随分と苦労したようで、生前は子育てと家計を支えるのに追われ、48歳の若さで幼い子どもたちを残して亡くなってしまうという人生でした。
生まれは1504年、江原道(カンウォンド)の江陵
(カンヌン)。本名は申仁善(シン・インソン、師任堂は号)。学者の家系に生まれたため、当時の女性としては珍しく幼い頃より書に親しみ、本をよく読む女の子。「男としてこの世に生を授けられずにすまない」賢い娘の才を惜しむ父に「男として生まれてこなくて申し訳ない」と答える娘。
しかし、どんなに勉強ができても女性が自分の思い通りに何かをすることも発揮する場もなかった時代、 男女の立場の違いに釈然としないものを抱えながら、親の決めた相手に嫁ぐしかありませんでした。
で、その後、どうするかというとその矛先を夫に向けて、夫を立てて暮らそうとするわけですが、当時、両班(ヤンバン、朝鮮時代の貴族階級)は官吏になるために科挙という試験を受けなければならず、これが大変な狭き門。師任堂の夫は両班のセオリーでとりあえず受験の準備をするものの「ボク、勉強に向いてないんだよね。試験は諦めるから畑でもやりながら家族で暮らそうよお」と受験戦線からの離脱を宣言。それを 師任堂は試験に受かるまでは向こう10年別居すると宣言。家は私が守るから勉強に集中しろと夫を家から追い出します。
「アンタは男で好きに勉強できて、官吏になれるという夢を持てるのになんじゃそりゃ」という師任堂の怒り爆発です。一生懸命学んでも何ものにもなれない女であるやるせなさ、むしろ木や草にでも生まれたほうがよかった…なんて悩むくらいですから、この向上心のない夫は許せなかったようです。でも、子煩悩だし、悪い人じゃないようなのですが。むしろ男の人をこんなに追い込んじゃダメだよと心配したら案の定、このダンナ、家に帰ってこなくなりました…。(酒場の女といい仲になり、 師任堂の死後、彼女の遺言を無視して後妻にしてます!)
師任堂という女性、良妻賢母の代名詞として韓国でその名を知らぬ人はいない偉人とされていますが、儒教社会が完成するとともに、大儒学者栗谷李珥(ユルゴッイイ)の母であるということが後世に名が残った理由ではないかと思います。女流画家というのも後の評価で、生存中は画家として活躍していたわけではありません。この小説中にもどれほど画才に優れているかという逸話は紹介されるものの、画家としての側面はほとんど描かれていないのも、そういう構成なのか、史実がなかったのかは定かではありませんが、作品に向かう 師任堂の姿が見えてこなかったのが、少し物足りなかった点です。
ご本人としては何かを成し遂げたということはなく、成し遂げたくてウズウズして 、その発露をどこに求めればよいのか、ひたすら彷徨っていたように思います。
そのイライラ、焦り、無力感。でも世の中を恨むわけではなく、諦めるわけでもなく、種をまき、畑を耕し、子どもたちをどうやって食べさせようか、学ばせようかと心を砕いている肝っ玉母さんの生涯。
読後はたまらなく切なくなりましたが、もうちょっと彼女の違う側面を知りたくなって、残された絵や書にも触れてみようかなと五万ウォン札を眺めたのでした。
BOOK DATA
タイトル:女子、 師任堂(여자,사임당)
著者:신영란
出版年:2015
価格:13,000원
ISBN:9791186455975
韓国語上級以上。時代ものなので、呼称がややこしい上、固有名詞がちょっと難しいです。あんまり辞書を引きすぎると先に進めないので、まずはストーリー中心に読むのがおすすめ。でも時代劇ファンなら楽しく読めます。ちなみにタイトルの「女子」は韓国で「ヨジャ(女)」という意味。「ジョシ」ではありません。
編集部:ソラミミ