コロナ禍からここ最近までずっと停滞気味だった韓国映画界。
「犯罪都市3」という久々に観客数1000万人を超えるヒット作が7月に出てから、
「密輸」、「非公式作戦」、「ザ・ムーン」など、この夏の話題作が次々と封切られています。
そんな話題作のうち、先日「コンクリートユートピア」という映画を観て来ました。
出演陣は、イ・ビョンホン、パク・ソジュン、パク・ボヨンなど日本でもよく知られているお馴染みのスターばかり。
大まかなあらすじとしては、突然の大地震に襲われ、一夜にして都市全体が壊滅的な廃墟になってしまったソウルで、唯一崩れずに残った「ファングンアパート」の住民たちがサバイブしていく様を描いたお話…、と言えるのですが、単純な「感動の災害パニックもの」とは言えない、「人間とは?」ということを考えさせられる、久々に韓国映画の傑作だなと思える作品でした。
オープニング、ユン・スイル(윤수일)の1998年発表の歌、「アパート」とともに流れるのは、
1960年代以降、漢江の奇跡を経て韓国でアパート(日本で言う『マンション』)が普及し始めた時代から、最近までのアパートにまつわる様々なニュース映像のハイライト。
韓国人にとって「アパート」とは、単に居住形態の1つである以上に、成功のステータスであり、憧れの対象であり、「幸福な家庭」の象徴という意味さえも持っているという事が伝わって来ます。
そんな文字通り、「拠り所」である住居を大地震で失い、極寒の中生きていかなければならない生存者たちは、瓦礫まみれの中に唯一残った「ファングンアパート」に集まり始めます。
食料や燃料にも限りがあり、事故も起こり治安も悪くなっていく中、「ファングンアパート」の住民たちは、外から集まったもともとアパートの住民でないこの生存者たちを、「部外者」として迎え入れずに排除することに。
アパートの住民たちが車座になり喧々諤々しながらも、最終的に「民主主義」に則って外部の人達の排除を決定する様子は、何となく滑稽でありながらも、どこか既視感を感じさせたりもします。
ひょんなことからアパート住民のコミュニティの代表に選ばれ、強力なリーダーシップでまさに住民を導いていくイ・ビョンホンと、生存(サバイブ)という本能的な目的を求心力にして、それにつき従いながら一丸となって体系的なルールを備えた組織の強化を図っていく住民たちの姿からは、「全体主義」や「先鋭化」という狂気じみた言葉が思い浮かんで来てしまい、まったくもって皮肉なブラックユーモアに感じられて、空恐ろしかったりします。
救いようのないデストピアで、「日常を破壊した原因や環境」とどう対峙していくかを描くのではなく、
その状況に投げ込まれた「人間同士がどう生きていくのか?」というところにフォーカスをあて、描いているという意味で、世界中を席巻したゾンビもののドラマ、「ウォーキングデッド」シリーズを思い浮かべたりもしました。
この映画をさらに面白くしているのは、主人公たちが投げ込まれた舞台が、前述したように韓国人の生活にとって様々な意味を持つ「アパート」であるという点だと思います。
ネタバレになるので書きませんが、「コンクリートユートピア」は韓国人にとってのアパートを、逆説的に皮肉を交えて言い換えた表現にもなっています。
俳優陣の演技に目を向けると、とにかくこの映画の白眉はイ・ビョンホンとしか言いようがありません!
すでに名優としての評価を確立しているイ・ビョンホンですが、個人的にはベクトルは違いますが「私たちのブルース」のあの演技を超えて来た名演ぶりだと思いました。
パク・ソジュンも良かったです。体制や環境に翻弄されながら、それに合わせて思想と行動が変わって行ってしまう公務員であるパク・ソジュンは、
まさに自分でもあの状況だったらこうなってしまうのだろうなという「平凡な一市民」としての共感を呼び起こします。
そんなパク・ソジュンの妻であるパク・ボヨンの演技もとっても良かったです。
彼女の行動や意志が、異常な環境下においては「良識」ではありえないかもしれない、でもそうあり続けるべきであるという、かすかな希望を抱かせるキャラクターをきちんと演じ切っています。
これもネタバレになってしまうので伏せますが、映画のラスト、●●が放つセリフ、「彼らは●●●●●でした」というのを聞いたとき、フィクションではなく過去にあった歴史上の戦時下や非常時での惨劇が頭をよぎりました。
ウクライナでの戦争をはじめとして、米中対立などキナ臭いニュースばかりが流れてくる近頃、
映画という物語表現を使ってこうした人間同士の諍いがどう形成されていくのかを描くことで、自戒の念を抱かせるようなとても奥の深い映画でした。
ちなみに、イ・ビョンホン役の名前から、モーセの出エジプトがモチーフになっているみたいな別の文脈での楽しみ方もあるようで、
もう一回おかわりで観に行こうかななんて思ったりもしています。
日本公開も2024年の1月に決まったようなので、是非ご覧頂きたい韓国映画です。
編集部:つるばら